秋田地方裁判所 昭和59年(わ)5号 判決 1984年4月13日
主文
被告人を懲役一年四月に処する。
未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。
この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
押収してあるタクシー乗車券綴一冊は被害者小林昶に、共通自動車乗車券綴一冊は被害者武田薬品工業株式会社にそれぞれ還付する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一 昭和五八年四月二七日午後一〇時ころ、秋田市山王三丁目八番三四号山王ツインビル三階武田薬品工業株式会社仙台営業所新薬部秋田出張所事務室において、将来タクシー料金の支払を免れるために使用する意思で、松永純一の管理にかかる同社所有の秋田ハイタク興業株式会社発行にかかるタクシー乗車券綴一冊(四一枚綴)を窃取し
第二 同年五月三〇日午後一〇時ころ、前記山王ツインビル二階小林昶法律事務所において、前同様の意思で、同人所有の秋田ハイタク興業株式会社発行にかかるタクシー乗車券綴一冊(四二枚綴)を窃取し
第三 別紙犯罪一覧表記載のとおり、同年五月三〇日から同五九年一月三日までの間前後一九回にわたり、同市大町五丁目一番三号四丁目橋付近路上ほか一五か所において、その都度、目的地到着後現金で料金を支払う意思がなく、かつ、その所持するタクシー乗車券は前記各窃取にかかるものであり被告人にとってこれを使用する権限はないのにもかかわらずこれあるかのように装って現金又は正当な支払権限を有するタクシー乗車券で支払うかのように装い、キングタクシー株式会社運転者渡辺明ほか一九名運転のタクシーに乗車し、同人らをして目的地到着後直ちに現金又は正当な支払権限を有するタクシー乗車券で支払いを受けられるものと誤信させ、よって、その場から同市大町六丁目二番五号マルダイ横町店付近路上ほか一一か所まで右タクシーを運転走行させ、その料金合計二万三、六五〇円を前記窃取にかかるタクシー乗車券を使用して支払い、もって同相当額の財産上不法の利益を得
たものである。
(証拠の標目)《省略》
(法令の適用)
被告人の判示第一、二の各所為はいずれも刑法二三五条に、判示第三の各所為はいずれも同法二四六条二項に該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年四月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち五〇日を右の刑に算入することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予し、押収してあるタクシー乗車券綴及び共通自動車乗車券綴は、前者は判示第二の、後者は判示第一の各罪の賍物で各被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項により前者は被害者小林昶に、後者は被害者武田薬品工業株式会社にそれぞれ還付することとし、訴訟費用は、同法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。
(補足説明)
一、先ず弁護人は、本件タクシー乗車券制度の仕組からみて本件タクシー乗車券は金券と同様に考えられるべきであり、窃取したタクシー乗車券を使用してタクシーに乗車したとしても、詐欺罪を構成するものではなく、構成するとしてもそれは不可罰的事後行為であると主張する。
本件のタクシー共通乗車券制度は、秋田ハイタク興業株式会社(以下、ハイタク興業という。)を中心として、右乗車券使用者(以下、使用者という)との間の共通自動車乗車券使用規約及び各タクシー会社との間の加盟契約により成立し運用されているものであるが、その法律関係は次のようなものと考えられる。使用者がハイタク興業と加盟契約しているタクシー会社(以下、加盟会社という。)のタクシーに乗車する際、その都度、使用者と加盟会社との間に運送契約が締結され、使用者は加盟会社に対して運送賃支払債務を負担することになるのであり、この点、タクシー乗車券を使用する場合とて、通常の運送契約とは何ら異なるところはなく、異なるのは、その運送賃の支払がハイタク興業が使用者に代わって立替払いをする形で(秋田共通自動車乗車券使用規約第九条)行なわれるという点だけである。そして、前記規約九条にもとづきハイタク興業が加盟会社に対し運送賃の決済をすることによって、使用者がハイタク興業に対し求償債務を負担し、右債務の支払いは使用者が毎月末日までに銀行振込の形式でするという関係にあるのである。したがって、何らかの理由により加盟会社がハイタク興業より運送賃の決済を受けられなかった場合には、加盟会社は使用者に対して直接その運送賃を請求できるというべきであり、ここから、加盟会社は、乗客が右共通乗車券で支払う正当な権限を有するか否かについて関心を持たざるをえない。なるほど、右規約十条は盗難により他人に利用された場合にも使用者が責任を負うものとしているが、何らかの事情により当該乗客がタクシー共通乗車券を盗取したものであることを知って乗車させたときであってもなお使用者に責任を負担させることができるという趣旨まで含むものとは解されない。このような場合には、ハイタク興業から、また、場合によっては使用者から、違約ないし権利濫用などの理由によって運送賃の支払を拒絶されるおそれも考えられるのであって、加盟会社は当該乗客がその所持するタクシー共通乗車券を使用して支払う権限を有するか否かについて関心を持たざるを得ないし、法律上の利害関係を有するものというべきである。したがって、当該乗客がタクシー共通乗車券の盗取者であることを知ったときは、加盟会社の運転手はその者の乗車を拒むことができ、また、そうすべきなのであって、かかる加盟会社のタクシー運転手に対し、盗取にかかるものであって当該乗車券で支払権限はないにもかかわらず、当該乗車券で支払う権限あるかのように装い、これに気付かないタクシー運転手をして正当な支払権限を有する乗車券で支払をしてもらえるものと誤信させ乗車する行為は、詐欺罪を構成するものと考える。
弁護人の主張は採用できない。
二、次に、弁護人は、被告人が右乗車券を使用するか現金で支払うかを決めるのは乗車の時点ではなく降車の時点であるから、欺罔行為を乗車時点に求めるならば詐欺罪は成立しないと主張する。
しかし、被告人は、タクシーに乗るときは必ず背広のポケットに右乗車券を入れていたこと、現金が足りなくなればいつも使おうと考えていたのであり、被告人には少なくとも欺罔の未必的故意を認めることができる。弁護人の主張は採用できない。
(量刑の事情)
本件犯行中、窃盗の点は、盗難防止を職務内容とする警備員としての在職中の犯行で使用者の信頼を裏切り、その職業的立場を利用して行なわれたものであり、また、詐欺の点もタクシーの共通乗車券制度を長い期間、多数回に亘って悪用したものであって、その各行為態様は極めて悪質というべきものである。その動機も単に自分の足代わりにするためという専ら私欲にもとづくものであって斟酌の余地はない。そして、その結果、警備保障会社の信用とタクシー共通乗車券の社会的信用を危うくした点も看過し得ない。
しかし、他方、被害額は殆んど弁償されしかも被害者から寛大な判決を願う旨の上申書が提出されており被害者の宥恕の事実が明らかである。サラ金からの借金は被告人の母親や義兄の配慮によって全額返済整理されており、また、被告人の義兄が被告人の勤務先について配慮し、被告人を指導監督する旨表明しており、被告人が、職を転々とするような飽きっぽい性格、無計画にサラ金から借金をするような金銭的にルーズな性格等を自ら矯正し自立の努力をするならば更正を期待し得る条件は整っている。それに罰金刑の前科が一つあるのみで二五才と若いという被告人に有利・不利な情状を総合考慮して、主文掲記の量刑が相当であると判断した次第である。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑 懲役一年六月)
(裁判官 髙橋一之)
<以下省略>